ポカーン顔といえば、世で騒がれしキンプリ映画を見てきまして別世界見てきました。リアルニコニコ動画。ガルパン、キンプリと見て、TLで騒がれていた映画って言うとマッドマックスを見そびれているのが惜しく感じますね。クラッシャージローもあの影響でしょう? むむむ。
さて、RR4話感想です IMASARA!!!もはや・・・べつやくれいみたいな顔をするしかなった なんぞこれ なんぞこれ
えーと、前回に続いてクラッシャージロー回。前回と同じくですね、基本的には素直に笑うしかない(展開の突拍子のなさに)って言うのが読みながらの思いで、読み終わった後はよく覚えています、
これ、主人公 クラッシャージローだよな?
いやジロー結構好きになりましたよ、だけど豪たちちょっと置いてけぼりだよ!
あとゲイさんに愛されて豪さんってばもうね、豪受けクラスタ向けかと思いきやあのゲイさんは豪に抱かれたいほうだろうという見解が多くて、なるほど然り。襲い受けって精神的には受け攻め逆くらいのテンションだから大丈V。まずは豪さんの息子さんをムリヤリその気にさせる手腕から気になりますねゲイさん。翼くんじゃないです、息子違いです念のため。
さて、なんで私こんなにジローを主人公っぽいと思うんだろう?というのをつらつらと。
星馬兄弟とのレースを経たジロー変化は、改心でなく感動だったんじゃないか、と思います。
敗北に悔しさでなく驚きを感じる姿が、彼は悪じゃなかったんだなあと感じさせる。新しい価値観との邂逅に戸惑いつつも、拒否していないあたりがミハエルやカルロと違う味わい。
彼は周囲からは価値観に理解を得られていないんだろうけど(仲間たちはよくわからないけどジロー様カッケーついていく、という印象)、なおすことができる彼にとって、壊すことが終焉ではなく、むしろマシンを成長させる過程という認識で、ミニ四駆の楽しみ方にクラッシュ要素が入っても彼自身の中では整合性が取れているんだと思う。無くなったわけじゃないよ、姿を変えただけじゃないか、って。
大神軍団は破壊を楽しんでいただろうから、ここもまた既出のキャラとは違う感じ。
カルロの破壊は勝つための手段。相手より先にゴールインするために、秘かに敵のマシンを攻撃していた。
大神軍団は手段であり目的。バトルマシンとして破壊を見せつけること、兼、対戦者を駆逐して自分たちだけがゴールインするレース。プロレスみたいな、興行に近いか。
あ、レゴを崩して遊ぶ、に近いのかも! おおかたの子供たちは出来上がったものに関心を示して、ジローちゃんは作り上げるものに興味を惹かれたわけで、完成・即・崩すみたいなことするわけです。一度形作ったら再現はまたいつでも可能、という天才系なんですけど、周囲は理解できないのね。ジローは再現と元通りを同じだと思っていると思うの。科学的であること、とは、再現性があること、と説明したのは森博嗣だったかしらん、ジローにとっては、誰が作っても、同じ機能があって、素材と形が同じならそれは同じものと思えるんだろうけど、たとえば同じセッティングでも、作り手が違えば違う個体、作り手にとっては似て異なるマシンと思う感覚の方が一般的という気もするじゃない? …と書いて本誌見直したら、最後に大神マシンを復元してハイ返すねってやって、カイゲンレイが怒ってましたね。
目に見えるもの、手で触れるものが判断基準のコなのかしら、などと。
気持ちや心はひとによってちがうんだ? んん~気持ちってなんだろう? 相手の表情はわかる、相手の快・不快もわかる、でも相手の思うこと考えることがどうして自分と違うのかわかんない。
設定厨としては、こー、共感能力のなさと引き換えでサヴァン症候群とかのそういう天才のラベリングしたくなります。ごめんごめんジローくん。
つらつら考えていたら「テセウスの舟」というパラドクスを思い出しました。検索してみると面白いと思います。ジローだと新たな木材で作った舟こそがテセウスの舟、と迷いなく言うことになるんだろうか。
唯一無二とか、壊したら戻せない不可逆なもの、という気持ちを共感できるようになったとき、急に何もかもこわくなってしまいそう。年年歳歳花相似、歳歳年年人不同。哲学モードに入ったらなんか適当なことを書き連ねてしまった。
文章は最後の和解後のつもりで書いてた割りに、絵が完全にまだ敵対タイミングだ! いやー書くの手間取ったけど割りと満足!
ルナティック 月の狂気がジローには似合う (アイタッタタタ)
RRに限らずレツゴは危険な場所のレースとかふつーに「ねーよwww」と笑って読む派です、シクヨロ!
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